
デジタルデータも売却の対象?情報資産の売却とプライバシー
近年、インターネットの普及とデジタル化の進展に伴い、私たちの生活は大きく変化しました。それに伴い、これまで物理的なものに限定されていた「売買」の対象も、デジタル領域へと拡大しています。特に注目を集めているのが、Webサイト、SNSアカウント、オンラインサービスのアカウントといった「デジタルデータ」、すなわち「情報資産」の売却です。
しかし、このような情報資産の売却は、単に「物を売る」こととは異なる側面を多く持ち合わせています。売却益に対する課税、そして何よりもデリケートな問題であるプライバシー保護。これらの新しい視点について、掘り下げて解説していきましょう。

1. 情報資産とは何か?
情報資産とは、文字通り情報として価値を持つ資産のことです。従来の物理的な資産とは異なり、形がないのが特徴です。具体的には、以下のようなものが情報資産として売却の対象となり得ます。
Webサイト: 高いアクセス数を誇るブログ、特定のニッチな情報に特化したメディアサイト、Eコマースサイトなど。構築に時間と費用がかかっていること、SEO対策が施されていること、収益を上げていることなどが価値となります。
SNSアカウント: フォロワー数の多いInstagramアカウント、Twitterアカウント、YouTubeチャンネルなど。影響力やコミュニティの形成度合いが価値となります。特定の分野に特化したアカウントは、その分野の企業からのマーケティング需要が高いこともあります。
オンラインサービスのアカウント: 特定のオンラインゲームの希少なアイテムやキャラクターを持つアカウント、あるいはサブスクリプションサービスのプレミアムアカウントなど。アカウントそのものというより、そこに紐づくコンテンツや機能が価値を生み出します。
ドメイン名: 短く覚えやすいドメイン名、特定のキーワードを含むドメイン名などは、それ自体が希少価値を持ち、売買の対象となります。
デジタルコンテンツ: 電子書籍の著作権、写真素材、動画素材、音楽データなど、二次利用可能なデジタルコンテンツも情報資産として売却されることがあります。
これらの情報資産は、物理的な資産と同様に、時間や労力をかけて構築され、その結果として経済的価値を持つに至ったものです。
2. なぜ情報資産を売却するのか?
情報資産を売却する理由は様々です。
事業の整理・統合: 複数のWebサイトやSNSアカウントを運営している企業や個人が、事業再編の一環として不要な情報資産を売却するケースです。
資金調達: 新たな事業の立ち上げ資金や、既存事業の運転資金を確保するために情報資産を売却する場合があります。
時間・労力の節約: 運営に多大な時間や労力を要する情報資産を売却することで、本業や他の活動に集中することができます。
収益化: 個人が趣味で始めたWebサイトやSNSアカウントが予想外に成長し、それを収益化する手段として売却を選択することもあります。
専門家への移譲: 自身ではこれ以上成長させることが難しいと感じた情報資産を、より専門的な知識や運営ノウハウを持つ企業や個人に売却することで、その情報資産がさらに発展する可能性もあります。
3. 情報資産売却のプロセスと注意点
情報資産の売却は、一般的に以下のようなプロセスで進められます。
価値の評価: 売却を検討している情報資産の価値を正確に評価します。Webサイトであればアクセス数、収益、コンテンツの質、SEO状況、構築コストなどが考慮されます。SNSアカウントであればフォロワー数、エンゲージメント率、フォロワーの属性などが重要です。
買い手の探索: 情報資産専門のM&Aプラットフォーム、仲介業者、またはSNSなどを通じて買い手を探します。
交渉: 売却価格、引き渡し方法、アフターサポートなどについて買い手と交渉します。
契約: 合意した内容に基づいて契約書を作成し、締結します。特にプライバシーに関する項目は慎重に定める必要があります。
引き渡し: 情報資産の所有権や管理権を買い手に引き渡します。Webサイトであればサーバーやドメインの移管、SNSアカウントであればIDやパスワードの変更と引き継ぎなどが行われます。
このプロセスにおいて、特に注意すべき点がいくつかあります。
情報の透明性: 売却対象の情報資産に関する情報は、買い手に対して正確かつ透明に開示する必要があります。虚偽の情報を開示した場合、後々のトラブルに発展する可能性があります。
法的側面: 売却契約書の作成は、専門家(弁護士など)に相談することをお勧めします。特に、著作権、商標権、個人情報保護など、法的な側面を十分に考慮する必要があります。
技術的な側面: Webサイトの移管やSNSアカウントの引き継ぎなど、技術的な知識が必要となる場面があります。不慣れな場合は、専門家のサポートを検討するべきでしょう。
4. 情報資産売却益の課税
情報資産の売却によって得た利益には、原則として課税対象となります。どのような税金が課されるかは、売却する情報資産の種類、売却者の属性(個人か法人か)、売却の目的などによって異なります。
4.1. 個人の場合
個人が情報資産を売却した場合、その売却益は所得税の課税対象となります。主な所得区分としては、以下のいずれかに該当する可能性が高いです。
譲渡所得: Webサイトやドメイン名など、資産性のあるものを売却して得た所得は、原則として譲渡所得に分類されます。特に、継続的に利益を得ることを目的としない「一時的な譲渡」とみなされる場合が多いです。譲渡所得は、他の所得と合算されずに分離課税となる場合と、総合課税となる場合があります。譲渡した資産の取得費や譲渡費用を控除することができます。
事業所得または雑所得: 継続的にWebサイト運営などを行い、事業としてその情報資産を売却した場合や、副業としてSNSアカウントの運営などを行い、その売却によって生じた所得は、事業所得または雑所得に分類される可能性があります。特に、その情報資産が「営業権」としての価値を有しているとみなされる場合などです。この場合、所得税だけでなく住民税も課税されます。
一時所得: 偶然に得たような利益とみなされる場合、一時所得に分類される可能性もゼロではありません。ただし、情報資産の売却は計画的に行われることが多いため、一時所得となるケースは稀です。
注意点:
取得費の計算: 情報資産の場合、取得費の計算が難しい場合があります。Webサイトであれば、構築にかかった費用、ドメイン取得費用、サーバー費用などが取得費に含まれる可能性があります。SNSアカウントの場合は、広告宣伝費やコンテンツ制作費などが該当するかもしれません。
消費税: 個人の場合、事業として情報資産を売却し、かつ課税事業者である場合には消費税も発生します。
確定申告: いずれの所得区分に該当するにしても、原則として確定申告が必要となります。
4.2. 法人の場合
法人が情報資産を売却した場合、その売却益は法人税の課税対象となります。売却益は益金として計上され、他の事業活動による収益と合算されて法人税が計算されます。
無形固定資産: Webサイトやドメイン名などは、税法上「無形固定資産」として扱われる場合があります。この場合、売却益は固定資産売却益として計上されます。
消費税: 法人の場合、課税事業者であれば消費税も発生します。
税務の専門家への相談が必須
情報資産の売却における課税は、その性質上、非常に複雑であり、個別のケースによって判断が分かれる可能性があります。売却を検討する際には、必ず税務の専門家(税理士など)に相談し、適切な申告と納税を行うようにしてください。安易な判断は、後々の追徴課税などの問題を引き起こす可能性があります。
5. 情報資産の売却とプライバシー保護の問題
情報資産の売却において、最もデリケートかつ重要な問題の一つが「プライバシー保護」です。特に、WebサイトやSNSアカウント、オンラインサービスのアカウントには、多くの個人情報や機密情報が含まれている可能性があります。
5.1. 含まれる可能性のある個人情報
売却される情報資産には、以下のような個人情報が含まれている可能性があります。
Webサイト:
顧客情報: Eコマースサイトの場合、顧客の名前、住所、電話番号、メールアドレス、購入履歴、クレジットカード情報の一部(決済サービスによっては保持していない場合もあります)。
アクセスログ: IPアドレス、ブラウザ情報、閲覧履歴など。
会員情報: 会員制サイトの場合、ユーザーID、パスワードのハッシュ値、登録情報。
コメント・問い合わせ情報: サイト訪問者からのコメントや問い合わせに含まれる個人情報。
SNSアカウント:
フォロワー情報: フォロワーのユーザー名、公開されているプロフィール情報、DM(ダイレクトメッセージ)の内容。
投稿内容: 個人の特定につながる可能性のある写真や動画、テキスト。
裏アカウントとの紐付け: 運用者がプライベートで利用しているアカウントと紐付いている可能性。
オンラインサービスのアカウント:
ユーザーのプロフィール情報: 登録名、年齢、性別、地域など。
利用履歴: サービスの利用履歴、課金情報、メッセージのやり取り。
これらの情報が、売却によって第三者(買い手)に渡ることは、売却者だけでなく、その情報に関わる多くの人々のプライバシーを侵害するリスクをはらんでいます。
5.2. プライバシー侵害のリスク
情報資産の売却におけるプライバシー侵害のリスクは多岐にわたります。
個人情報の不正利用: 買い手が取得した個人情報を、当初の目的とは異なる目的で利用したり、第三者に転売したりするリスクがあります。
情報漏洩: 買い手の管理体制が不十分な場合、サイバー攻撃などによって個人情報が漏洩する可能性があります。
風評被害: 売却された情報資産が悪意ある目的で利用された場合、元の所有者(売却者)の信用や評判に傷がつく可能性があります。
特定のリスク: SNSの投稿やコメントなどから、特定の個人の実生活が特定される可能性があります。
DMやプライベートなやり取りの閲覧: SNSのDMやWebサイトの問い合わせフォームのやり取りなど、本来個人的な情報が第三者に閲覧される可能性があります。
5.3. プライバシー保護のための対策
これらのリスクを最小限に抑えるためには、売却者と買い手の双方が、プライバシー保護に対する意識を高く持ち、適切な対策を講じる必要があります。
個人情報の匿名化・削除:
Webサイトの場合、顧客情報や会員情報など、個人を特定できる情報は可能な限り匿名化するか、売却前に完全に削除することが最も重要です。匿名化が難しい場合は、買い手との間で「個人情報の利用目的を厳しく制限する」旨の契約を締結する必要があります。
SNSアカウントの場合、DMや個人的なやり取りは削除するか、買い手側がアクセスできないように設定変更を行うべきです。
アクセスログなどのデータも、統計情報として提供するに留め、IPアドレスなど個人を特定できる情報は削除または匿名化します。
プライバシーポリシーの明確化と遵守:
売却する情報資産(特にWebサイト)が、適切なプライバシーポリシーを公開し、それに従って個人情報を取り扱っていることを確認します。
売却後も、買い手がそのプライバシーポリシーを遵守することを契約に盛り込むべきです。
データ引き渡しの際のセキュリティ対策:
個人情報を含むデータを引き渡す際には、暗号化などのセキュリティ対策を講じ、安全な方法で送受信します。
不要なデータは引き渡さないように、事前にデータ内容を精査します。
契約書への明記:
売却契約書に、個人情報の取り扱いに関する詳細な条項を盛り込みます。
個人情報の利用目的の限定
個人情報の第三者提供の禁止
情報漏洩時の責任分担
売却後の個人情報管理体制に関する義務
匿名化・削除が難しい場合の、買い手による厳格な管理義務
契約違反時の罰則規定
特に、顧客情報など、売却者が収集した個人情報を買い手が利用する場合、日本の個人情報保護法やGDPR(EU一般データ保護規則)など、関連する法令を遵守するための規定を設ける必要があります。
情報セキュリティ対策の確認:
買い手が適切な情報セキュリティ対策を講じているかを確認します。できれば、第三者機関によるセキュリティ監査の実施を求めることも検討します。
売却後の監督・監査:
可能であれば、売却後も一定期間、買い手による個人情報の取り扱い状況について監督・監査できるような条項を契約に盛り込むことを検討します。ただし、これは実現が難しい場合もあります。
ユーザーへの開示:
Webサイトの運営権が変更になる場合、既存のユーザーに対して、プライバシーポリシーの変更や運営者の変更について、適切な方法で開示することも検討すべきです。ただし、これにはビジネス上の判断も伴います。
6. 新しい視点:情報資産の「利用権」と「所有権」の分離
情報資産の売却を考える上で、従来の「所有権の移転」という概念だけでは捉えきれない、新しい視点が必要になります。それは、「情報資産の利用権と所有権の分離」という考え方です。
例えば、Webサイトを売却する場合、単にドメイン名やサーバーの管理権を移管するだけでなく、そのサイトが持つ「収益を生み出す能力」や「コミュニティ」といった、抽象的な価値も同時に譲渡されます。しかし、その「コミュニティ」を構成するユーザーの個人情報は、果たしてWebサイトの「所有権」の一部として、自由に売買できるものなのでしょうか?
ここで重要なのは、個人情報は「所有物」ではなく、「個人の権利」であるという認識です。企業が個人情報を取得し、利用できるのは、その個人が企業に対して「利用を許諾している(利用権を付与している)」に過ぎません。その利用権を、本人の同意なしに第三者に譲渡することは、プライバシー侵害にあたる可能性があります。
このため、情報資産の売却においては、以下のような視点を持つことが求められます。
個人情報は「資産」ではなく「負債」としての側面も持つ: 個人情報を安易に引き渡すことは、将来的なプライバシー侵害のリスクや法的な責任を買い手に負わせることになります。この意味で、個人情報は「負債」としての側面も持ちます。
利用権の再構築: 売却後も個人情報を利用し続けたい買い手は、あらためてユーザーに対して「個人情報の利用目的の変更」などを明確に説明し、同意を得る(利用権を再構築する)必要があるかもしれません。
「事業の譲渡」としての側面: 情報資産の売却は、単なる「モノの売買」というよりも、「事業の譲渡」に近い性質を持つことがあります。事業の譲渡であれば、個人情報保護法に基づく適切な手続き(事業譲渡の通知・公表など)が必要となる場合があります。
7. まとめ
デジタルデータの売却、すなわち情報資産の売却は、現代における新たなビジネスチャンスと同時に、多くの課題をはらんでいます。特に、売却益に対する課税の問題、そして最も重要なプライバシー保護の問題は、慎重な検討と対策が不可欠です。
情報資産は、物理的な資産とは異なり、無形であり、そこに紐づく個人情報の取り扱いが極めてデリケートであるという特性を理解することが重要です。売却を検討する際には、必ず税務の専門家や法律の専門家に相談し、適切な手続きを踏むことを強くお勧めします。
情報資産の売却は、単なるビジネス取引に留まらず、社会全体のデジタル化が進む中で、私たちのプライバシーのあり方や、情報というものの本質的な価値について深く考えさせられるテーマと言えるでしょう。適切な知識と倫理観を持って、この新しい市場と向き合うことが、持続可能なデジタル社会を築く上での鍵となります。
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